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札幌高等裁判所 昭和59年(ネ)82号 判決 1988年7月28日

控訴人

株式会社中心街ビル

右代表者代表取締役

小田喜代司

右訴訟代理人弁護士

荒谷一衛

鷹野正義

被控訴人

河端雄之介

右訴訟代理人弁護士

藤井正章

二宮嘉計

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人から控訴人に対する札幌地方裁判所昭和四五年(ワ)第七〇一号共有物分割請求事件の和解調書の和解条項第二の二及び三に基づく強制執行を許さない。

3  控訴人の被控訴人に対する前項の和解調書の和解条項第二の二及び三に係る金二八一万八〇八〇円の債務が存在しないことを確認する。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張及び証拠

当事者の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正するほかは原判決事実摘示及び記録中の当審書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

原判決三枚目表二行目の「義務がある」と「。」の間に「とされている」を加える。

二  控訴人の当審における主張

1  請求異議の訴えについて

(一) 一般に、ある訴訟の口頭弁論終結前に債権債務が相殺適状となっていたとしても、当該訴訟において相殺権を行使するか又は別訴により右自働債権を行使するかは、本来債務者(自働債権の債権者)の自由な判断にまかされている。すなわち、相殺の主張は、そもそも既判力の標準時に拘束されないはずである。本件において、前訴の確定判決に抵触するから相殺の主張は許されないとするのは、右に述べた相殺の特質に反するし、また、相殺の主張が時期的に拘束されることを意味することになり、許されない。さらに、本件においては、前訴において主張した相殺の自働債権と本訴において主張する相殺の自働債権とは、その発生原因を異にするのであるから、前訴の既判力に抵触するため本訴の自働債権による相殺の主張が許されないとするのは、不当である。

(二) 債務名義に表示された給付請求権については、実体法上の変動が生じているにもかかわらず、これを無視して行おうとする不当な強制執行を阻止しようとするのが請求異議訴訟の手続である。換言すれば、請求異議の訴えを提起して初めて強制執行を排除することができる。債務名義に表示された請求権が現在の権利関係と一致しない場合には、その不当な執行を放置することは許されないのである。右の趣旨にかんがみると、同一事由に基づいて請求異議の訴えを提起するのであればともかく、債務名義成立後の権利関係の変動が事実として存在する場合において、請求異議の訴えが提起された以上、これを審理せず、結果的に不当な執行を放置することになれば、請求異議訴訟制度を設けた意義は失われ、その趣旨を没却する。

(三) 請求異議訴訟は、債務名義による執行の不許を求めるための訴えであり、その訴訟物は執行法上の異議権の存否又は債務名義につき執行力の排除を求め得る地位にあるかどうかである。したがって、請求異議事件判決の既判力は異議権等の存否について及ぶのみで、債務名義に表示された実体上の請求権の存否の判断に及ぶことはありえない。

(四) 本件において相殺に供する自働債権は発生後相当期間を経過しているため、時効の問題がある。ただし、本件の債務名義たる和解調書上の債権とは相殺適状になっているから、相殺の場合は時効消滅の主張は排除できる。しかし、本件自働債権を別訴で主張するときは、正に時効の問題となる。このように、控訴人には、本件請求異議訴訟において相殺権の行使をせざるを得ない事情があるから、本訴において相殺の主張をすることは、前訴の既判力に抵触せず、許されると解すべきである。

(五) 以上論じたとおりであるから、本訴において、請求原因掲記の不法行為に基づく損害賠償請求権を自働債権とする相殺の主張は、前訴判決の既判力に抵触するものではない。

(六) なお、控訴人は、前訴の口頭弁論終結当時既に本件で相殺の自働債権として主張する債権が相殺適状にあることを知っていたことは認める。

(七) 被控訴人の後記三2の権利濫用の主張は争う。

2  債務不存在確認の訴えについて

(一) 右に述べたように、請求異議訴訟は、債務名義に表示された請求に関する実体法上の異議事由によって債務名義の執行力を排除することを目的とする形成の訴えである。したがって、実体法上の給付請求権は請求異議訴訟の訴訟物とならない。換言すれば、請求異議訴訟の判決が確定しても、その既判力は実体法上の給付請求権の存否に及ばない。したがって、請求異議訴訟において原告である債務者が敗訴した場合には、債務者は、やむを得ず受忍した強制執行による損害につき不法行為による賠償請求をし、また不当利得返還請求訴訟を提起しうるはずである。そして、本件においては、前訴において主張した相殺の自働債権とは発生原因を異にする自働債権を基に相殺権を行使しているのであるから、その結果に基づく債務不存在確認は許されるべきである。

(二) また、本件においては、前記1(四)の事情があるから、本件債務不存在確認の訴えも訴えの利益を肯定すべきである。

三  被控訴人の当審における主張

1  控訴人の主張はすべて争う。

特に控訴人が本訴において主張している相殺の自働債権は、前訴において主張した相殺の自働債権と全く別の債権ではなく、全く同一の事実に基づき、前訴では債務不履行という構成で損害金の額を主張し、本訴においては契約締結の準備段階における義務違反という構成で損害金の額を主張したものであり、損害金の額が同一でないから別異の自働債権のように誤解される可能性はあるが、基礎事実は全く同一であって別の自働債権ではないから、前訴の判決の既判力に抵触するのである。

しかも、控訴人は、前訴の口頭弁論終結当時既に、相殺適状にある本訴の自働債権の存在を知りながら、相殺の意思表示をしなかったものである。

2  仮に本訴における控訴人の請求が前訴の判決の既判力に抵触しないとしても、本件の請求異議は、次の理由により権利の濫用である。

本件の債務名義は昭和四三年に発生し、同年に本来弁済期にあった債務を昭和四六年五月一日の和解で弁済方法につき取決めをしたものである。そして、その和解調書による執行を前訴を本案として停止し、前訴が終了すると、次の執行を本訴において停止し、結局、本来昭和四三年に支払うべき債務を、訴訟制度を利用して昭和六一年の現在まで支払っていない。

このように、控訴人は、請求異議訴訟を利用して、債務支払を一八年間拒み続けているのであって、物価上昇、社会経済の実情に照らし許さるべきことではない。

これは、正に権利の濫用、訴権の濫用というべきであり、控訴人の主張は認容されるべきではない。

理由

第一当事者間に争いのない事実

当事者間に争いのない事実については、原判決理由一の説示(原判決一〇枚目表一二行目から同枚目裏八行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

第二本件請求異議の訴えについて

一1  前訴の経緯等については、原判決一一枚目表一三行目の「一七日」を「一三日」と改めるほか、同理由二1の説示(原判決一〇枚目裏一〇行目から一一枚目表一三行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

2  また、請求原因四の事実(相殺の意思表示)は、本件記録上明らかである。

二1  ところで、前訴は、民事執行法(昭和五四年法律第四号)の施行(昭和五五年一〇月一日。同法附則一条)前の昭和四八年一一月二四日に提起され、昭和五五年一月二八日に第一審判決の言渡しがあり、民事執行法施行後の昭和五七年七月一三日に控訴審判決の言渡しがなされ、同年八月一三日確定したものであるが、民事執行法附則四条にかんがみると、前訴の審理及び判決は民事執行法附則三条により削除された民事訴訟法五四五条、五六〇条に基づいてなされたものと解されるから、前訴の確定判決の有する既判力の範囲等については、右政正前の民事訴訟法五四五条、五六〇条に照らして考察すべきものと解される。

2  民事執行法三五条に定める請求異議の訴え及び同法附則三条による削除前の民事訴訟法五四五条(同法五六〇条において準用するものも含む。)に定める請求異議の訴えは、いずれも債務名義に表示された特定の請求権と実体的権利関係との間に不一致がある場合に、債務者をして債権者に対しその不一致による強制執行の不当を主張することを許し、判決をもって債務名義の執行力を排除し、もって実体上不当な強制執行を阻止することを目的とする訴えであると解されるところ、右訴えは、いずれも訴訟法上の異議権を訴訟物とするいわゆる形成の訴えの性質を有するものと解される(なお、右異議権の内容ないし個数についてみるに、民事訴訟法五四五条の請求異議の訴えについては、大審院の判例の大勢は、同条二項にいう異議の原因たる弁済、時効、相殺等の一つひとつをそれぞれ独立の異議と解したため、これらを訴訟物たる異議権ないし異議と同視することとなり、同条三項にいう異議についても同義であると解していたものと理解されるところ、判例の右解釈については学説上反対の見解が有力であったが、学説上も、たとえば請求権の消滅、不発生、効力の停止等ごとに訴訟物たる異議権が複数存在すると解するものがあった。しかし、民事執行法三五条の請求異議の訴えについては、訴訟物たる異議権は常に一個であり、同条二項にいう異議の事由は、右異議権の発生を理由あらしめる事由にすぎないと解すべきである。)。

そして、請求異議の訴えの確定判決は、民事訴訟法五四五条、民事執行法三五条のいずれについても既判力を有するがその客観的範囲は、確定判決の主文に包含するもの、すなわちその訴訟物たる異議権の存否についてのみ生じ、債務名義に表示された実体上の請求権の存否についてまでは及ばないものと解すべきである。

また、確定判決の有する既判力の効果として、同一訴訟物に関しては、確定判決に係る訴訟の口頭弁論終結以前に存した事由に基づく主張や抗弁を右事件の口頭弁論において提出しないまま敗訴した場合には、後に右事由をもって確定判決の内容を争うことができなくなるものと解すべきである。

三1  ところで、被控訴人は、本件請求異議の訴えは、前訴の確定判決の既判力に抵触すると主張するので検討する。

既判力の効果として前述のごとき遮断効を生ずることは右に述べたとおりであるが、相殺は、当事者双方の債務が相殺適状に達した時において当然にその効力を生ずるものではなく、その一方が相手方に対し相殺の意思表示をすることによってその効力を生ずるものであり、かつ、右自働債権は反対債権とは直接には何らの関わりのない別個の債権であって、相殺の意思表示をするか、右自働債権に基づき別個の給付請求をするか、あるいはまた相殺の意思表示をする場合にも何時の時点でこれを行使するかは、自働債権の債権者の自由に委ねられていると解すべきであるから、前訴の請求異議事件の口頭弁論終結前に自働債権が発生し、相殺適状にあったとしても、前訴の請求異議事件の口頭弁論終結までに相殺の意思表示をせず、その後に相殺の意思表示をし、後の請求異議事件において右相殺によって債務名義に表示された請求権が消滅したことを主張することも、前訴の確定判決の既判力に抵触するものとは解されず、ただ、右の相殺権の行使ないしその結果の主張が著しく信義に反しあるいは権利の濫用にわたると認められるときに限り、右主張が制限されることがあるにとどまるものと解すべきである。

本件においては、前認定のとおり、控訴人と被控訴人との間に、本件和解調書の執行力の排除を求めた控訴人の請求を棄却した前訴の確定判決が存し、控訴人が本訴において主張する相殺の自働債権(不法行為に基づく損害賠償請求権)は、前訴の口頭弁論終結前に発生し、かつ、本件和解調書に基づく債権(受働債権)と相殺適状にあったものであり、しかも控訴人は右相殺適状にあったことを知っていたものではあるが、既に述べた相殺の法的性格に照らすと、控訴人が本訴において右自働債権に基づき相殺の意思表示をなし、その結果本件和解調書に基づく請求権が対当額において消滅したことをもって請求異議の事由とすることは、前訴の確定判決の既判力に抵触するものとは解されないのである。

また、控訴人は、前訴において、異議の原因として被控訴人の先代の債務不履行に基づく損害賠償請求権を自働債権として本件和解に基づく債務と対当額において相殺する旨の意思表示をなし、その結果本件和解に基づく請求権が消滅したことを主張し、右主張が排斥されて前訴の判決に至ったものであるところ、控訴人が本訴において主張する相殺の自働債権(被控訴人の先代の不法行為を原因とする損害賠償請求権)は、前訴における相殺の自働債権と発生原因等において近似するものの、別個の請求権であるといわざるを得ないから、右近似する点を考慮しても、控訴人が本訴において相殺に基づく請求権の消滅を異議事由として主張することが前訴の確定判決の既判力に触れるものとすることはできない。

2  次に、削除前の民事訴訟法五六〇条の準用する同法五四五条三項は、「債務者カ数箇ノ異議ヲ有スルトキハ同時ニ之ヲ主張スルコトヲ要ス」と定めていたところ、同項にいう「数箇ノ異議」の異義については争いがあり、前述のとおり大審院の判例の大勢は同項の異議を同条二項の異議の原因と同視していたと理解されるから、この立場に立つと、発生原因を異にする自働債権による別個の相殺の意思表示に基づく各請求権の消滅の主張は「数箇ノ異議」に当たると解する余地があり、かつ、同条三項にいう「同時ニ」とは当該請求異議訴訟の口頭弁論の終結に至るまでの意に解すべきであり、しかも控訴人が本件で主張する相殺の自働債権は前訴の口頭弁論終結前に発生していたものではあるが、しかし、相殺の有する前記の特殊な性質にかんがみると、控訴人が前訴の口頭弁論終結までに右自働債権による相殺の意思表示をせず、これに基づく請求権消滅をも主張しないで、本訴でこれを主張したとしても、削除前の民事訴訟法五四五条三項に違背するとは解されない(また本訴において右相殺効を主張することが民事執行法三五条三項の準用する同法三四条二項に違背するとも解されない。)。

四次に、被控訴人は、控訴人の本件請求は権利の濫用であると主張し、控訴人の指摘する事実は前認定の事実からこれを肯認しうるが(もっとも、本件記録によれば、本訴の提起とともに本件和解調書に基づく強制執行につきその停止が命ぜられたが、右停止決定は本訴の一審判決により取り消され、その後その停止の措置はとられていないことが明らかである。)、右の事実をもって控訴人の本訴請求が権利ないし訴権の濫用であるとすることは困難である。

また、先にみたとおり、控訴人の前訴における相殺の自働債権と本訴におけるそれとは、同一とはいえないまでも著しく近似し、本訴はいわば前訴の蒸し返し的な性格を有することが窺えるけれども、本件全証拠によってもなお本訴の提起が権利ないし訴権の濫用であると断ずることはできない。

五そこで、本件異議の事由について検討する。

1  <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 中心街ビル旧館は、公共施設の整備に関連する市街地の改造に関する法律(昭和三六年法律第一〇九号。昭和四四年法律第三八号(都市再開発法)附則三条により廃止)により建設され、昭和四三年一一月二七日、中心街デパートとして開店した。

(二) 中心街ビル旧館は、旧館北側部分が地下二階地上九階、旧館南側部分が地下二階地上五階であったが、旧館北側部分は、小田が51.493パーセント、忠吉ら共有者が48.507パーセントの共有関係にあり、旧館南側部分は、小原が一部を単独で所有し、小原を除く忠吉ら共有者が残りの部分を共有していた。

(三) 小田は、自己の部分を管理するために控訴人を設立し、小原を除く忠吉ら共有者は、同様の目的で中心街商事を設立した。

(四) 中心街デパートは、開店後もテナントが十分埋まらなかったところ、このためもあって、小田は、中心街ビル旧館の西側に地下二階、地上九階の中心街ビル新館の建築を計画し、旧館と新館の障壁を取り除いて両ビルを接続し、かつ旧館南側部分も九階に増築させて、大型統一店舗として開店したい意向を示したが、忠吉ら共有者との話合いがまとまらなかった。そこで、小田は、昭和四五年五月二〇日、忠吉ら共有者を相手方として札幌地方裁判所に旧館北側部分につき共有物分割の訴えを提起したところ、昭和四六年五月一日に前記内容の本件和解が成立した。

本件和解において、旧館の全共有者は旧館南側部分を南側部分の持主の費用負担により九階まで増築し、旧館北側部分、新館と接続することを相互に同意する等の条項が定められたが、同時に、旧館南側部分の増築は、同事件被告らの義務としてなすものではないとの条項も設けられた。また、本件和解において、小原は旧館南側部分に区分所有権を取得することとなったが、小原は、昭和四七年二月末日までに右取得部分と他の部分との境界に障壁を設置することとされた。

(五) 本件和解成立後の昭和四六年五月六日、小田、小原及び忠吉ら債権者は、日本ナショナルの札幌営業所を訪れて、テナント誘致の希望を述べた後、同月八日、日本ナショナル東京本社の紹介でテナント誘致の専門業者であるウラップを訪問し、本件和解に基づいて控訴人、小田、及び忠吉ら共有者が協力するから、テナントを誘致してもらいたい旨の要請をし、ウラップはその要請を了承した。

(六) 同年五月一四日、忠吉ら債権者及び小原は、竹中工務店を訪問し、旧館南側部分の増築について相談したところ、その工費として約二億円を要することが分かった。

(七) 同年五月二四日、ウラップは、控訴人、小田、小原及び忠吉ら債権者に対し、(八)の各契約に基づく事務処理の方針として、「大型店舗として開店する日を同年一二月一日とする。同年一〇月末日までにテナントを決定して同年一一月に店舗工事を行う。一、二階はモールを設置して吹き抜けとする。キーテナント(核店舗)は衣料品の量販店とし専門店を八〇店舗誘致する。ビル管理のために控訴人及び中心街商事を一本化する」等を内容とする計画案を示した。

そこで、控訴人、小田及び忠吉ら債権者は、ウラップが右計画案をもって事務処理の方針とすることを承認し、ウラップにテナントの誘致を委託すること、忠吉ら共有者において旧館南側部分の増築工事を依頼すること、一本化されたビル管理会社の社長にはウラップの五十嵐社長に就任を要請すること、モール吹き抜け工事のため旧館の一、二階に入っているテナントに店舗の配置転換及び休業を要請すること(ただし、実際の交渉はウラップが行う。)を決定し、右計画案に従って中心街ビル全体につき同年一二月一日にショッピングセンターとして新規開店することを目標に努力することを申し合せた(しかし、右申合せもいわゆる努力目標の趣旨でなされたものにすぎなかった。)。

(八) 同年六月一四日、控訴人及び中心街商事(ただし、忠吉、河関、樋口、中森不三が捺印)は、ウラップとの間で、ウラップが同年一〇月中にショッピングセンターの開設に伴う核店舗誘致交渉業務を行う旨のテナント誘致等委託契約、並びにウラップが同年一二月二四日までに営業方針策定のためのリサーチ及びマスタープラン策定業務を行う旨の総合企画設計業務等委託契約を締結した(しかし、右各委託契約は、旧館南側部分の増築を必須の条件として結ばれたものではなかった。)。

(九) 丸富及び小原は、竹中工務店から増築工事代金の支払計画案を提示するよう求められ、同年六月一四日、同年七月一五日に三〇〇〇万円、同年一〇月五日に一億円、工事の完成時に残金をそれぞれ支払う旨の計画案を提示したが、竹中工務店は、同年七月一五日の三〇〇〇万円の支払がなされた時に請負契約を締結することとしていた。そして、同年七月一二日、札幌市に対し増築工事の建築確認申請がなされた(もっとも、忠吉ら共有者の前記(六)及び本項記載の竹中工務店との交渉は、控訴人に対する義務としてではなく、自主的な判断に基づいて増築を実施するための努力としてなされたにすぎなかった。)。

(一〇) ところが、同年七月一五日、小原を除く忠吉ら共有者は、前記(九)記載の三〇〇〇万円のうちの負担分である一一四八万九四〇〇円を竹中工務店に支払ったが、小原は自己の負担分を支払わず、また、消防法の問題が生じたことも重なって、増築工事を行うことが困難となった。そこで、竹中工務店は、同年七月下旬、小原を除く忠吉ら共有者に前記一一四八万九四〇〇円を返還し、結局、増築工事の請負契約は成立せず、同年九月六日には、前記確認申請も取り下げられた。

(一一) ウラップは、前記(八)のテナント誘致等委託契約に基づき、旧館南側部分の増築を前提とするテナント誘致のための基本契約であるマスタープランを作成したが、その中で、控訴人が建築中の中心街ビル新館に設置が予定されていた七台のエスカレーターの位置変更及び六台のエスカレーターの増設を要求した。そのため、控訴人は、エスカレーターの位置変更工事を行い、また、六台のエスカレーターを追加購入した。

しかるに、前記のとおり、旧館南側部分の増築は実現せず、また、昭和四四年三月三一日には、ウラップも前記委託契約を解除した。その後昭和四七年一〇月一六日に大型店舗の核店舗に決まった訴外株式会社ダイエーの指示により、一三台のエスカレーターのうち、四台を中心街ビル新館に残し、五台を中心街ビルの旧館に移転したが、残りの四台は廃棄せざるを得なくなった。このため、控訴人は一定の損害を被った。

<証拠>のうち以上の認定に反する部分は採用できず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

2  以上に認定した事実によってみるに、控訴人が請求原因6記載の契約が成立することを信じたとしても、前記認定1(五)ないし(九)の事実から右のように信ずるのがやむを得ないとはいい難いといわざるも得ない(請求原因6(一)の増築については、前記のとおり本件和解では義務でないことが明記されていたものであり、また同6(二)の障壁設置については、本件和解において、昭和四七年二月末日までは小原がなすべき旨の条項が設けられていたものであるところ、その後、関係者は昭和四六年一二月一日にショッピングセンターの開店を努力目標とする旨申し合わせるなどしたが、忠吉ら債権者が増築する義務を負う旨の、あるいは小原が本件和解で定められたより以前の同年一一月末日までに障壁を設置すべき旨の契約が成立したことがないのはもとより、右のような契約が成立すると控訴人が信ずべき事情は存しないといわざるを得ない。なお、請求原因6(三)は同(一)(二)を前提とするものと解される。)。

また、一般的には、忠吉ら債権者は、道義上、控訴人の利益を不当に害しないように行動すべきであるといい得るとしても、前記認定に係る本件の事実関係の下において、信義則上、忠吉ら債権者が控訴人主張の契約を締結すべきであるとか、右の契約の内容とされているものを実行すべきであるとかの義務を生ずるものとは到底認められない(しかも、旧館南側の増築が実現しなかったのは、主として小原の事情及び消防法の問題が生じたことによると窺えるのであって、忠吉あるいは忠吉ら債権者とは直接関わりのないことであり、小原が本件和解の前記義務を実行できなかったについては、右忠吉らに責めに帰すべき事由がなかったというべきである。)。

以上に検討したほかには、控訴人主張の忠吉ら債権者の不法行為を認めるに足りる証拠はない。したがって、忠吉ら債権者は、控訴人の主張するような不法行為責任を負うことはないといわなければならない。

3  したがって、控訴人が本件で主張する相殺の自働債権(不法行為による損害賠償債権)は、いまだ発生しておらず、相殺による債務消滅の効果を生じていないから、控訴人の異議は理由がない。

第三債務不存在確認の訴えについて

控訴人は、本訴において、本件和解調書の和解条項第二の二及び三に係る控訴人の被控訴人に対する金二八一万八〇八〇円の債務が存在しないことの確認を求めるものである。ところで、訴訟上の和解は確定判決と同一の効力を有するところ、訴訟上の和解によって生じた債務につき、実体上の事由によりそれが消滅したことを理由に、債務者がその執行力の排除を求めるためには、民事執行法三五条に定める請求異議の訴えを提起することができ、右訴えによって和解調書の執行力排除の目的を達することができるものと解される。

しかしながら、先にみたとおり、民事執行法三五条に定める請求異議の訴えについての判決はその訴訟物である異議権の存否については既判力を生ずるが、債務名義に表示された請求権の存否そのものを確定するものではないから、右請求権の存否については既判力を有しないものと解すべきである。そうとすれば、訴訟上の和解に係る債務の債務者が右和解成立後右和解調書に表示された債務が、相殺その他の事由により消滅したことを原因として、右債務の存在しないことにつき既判力を有する確定判決を得るべく、債務不存在確認の訴えを提起する法的利益を有することは、これを否定し得ないというべきである。

しかしながら、本件の場合、控訴人が相殺に供したと主張する自働債権の不法行為による損害賠償債権は、いまだ発生していないことは先に説示したとおりである。このように、本件においては、併合審理されている請求異議の訴えにおいて、右損害賠償債権の存否が審判の現実の対象とされ、それが存在しないと認定されているのであるから、その存在を前提とする控訴人の債務不存在確認請求も理由のないことが明白である。そうとすれば、当裁判所としては、民事訴訟法三八八条の原則に従って、右請求に係る原判決部分を取り消してこれを原審に差し戻す必要をみないのであって、直ちに右請求は理由がないものして棄却し得るところ、不利益変更禁止の原則上、この点に係る訴え却下の原判決部分を取り消して請求棄却の判決をなすことを得ないから、単に控訴棄却の判決をなすべきものといわなければならない。

第四結び

以上のとおり、控訴人の本件請求異議は結局において理由がないから、これを棄却した原判決(主文第一項)は結局において相当であり、これに対する控訴人の控訴を失当として棄却すべく、また、控訴人の本件債務不存在確認請求に係る控訴については、前項に説示したとおり、控訴棄却の判決をなすべきであるから、本件控訴をすべて棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官丹野益男 裁判官岩井俊 裁判官松原直幹は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官丹野益男)

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